2008年小学館漫画賞受賞作、「岳」の9巻。
世界中の山を登った主人公の島崎三歩が、日本アルプスで山岳救助ボランティアとして働く物語。漫画読みだけではなく、クライマーの間でも話題になっているようですね。
登山家に「なぜ山に登るのか」と問うと「そこに山があるから」と答えた、というのは有名な逸話ですが、主人公の三歩はそれを違う形で表現しています。「なんで山が好きなのか・・・兄ちゃんにはわからないんだ」ナオタに聞かれて、三歩はこう答えました(7巻「心の山」)。結局、そういうことなんだと思います。言葉にできる領域を超えて、もっと深いところで何かに心をつかまれたままということでしょう。
山には危険なこともあって、三歩の仕事(?)もその危険に対する対応。なぜ?と聞かれれば、「もっと山にきてほしいから」。このあたりが三歩の大きな魅力のひとつで、自分が好きなこと、すばらしいと思うことを他人と分かち合いたい、共感したいということなんでしょう。最近だとちょっと鬱陶しいと思う人もいるかもしれないこの感覚ですが、三歩の憎めない人柄がうまくそれを昇華させています。
また、彼の「所有しない」生き方にもとても憧れますね。住所を持たず、山中で生活するというのはそうとうファンタジックな話ではありますが、オタクの私からみるととてもうらやましい。「何もないじゃない」と要救助者に聞かれた三歩は、「山があるからねえ」と答えます。たまーに、もっと身軽になれたら・・・と思わなくもないんですが、無駄な抵抗ですね。
「岳」には、もちろんただの山バカだけではなく、それをくっきりと浮かび上がらせる対極の位置にいる人物もいます。久美ちゃん。街とおしゃれとおいしいものが好きな、ごく普通の若い女性ですが、なぜか山岳救助隊に配属になり、なんでこんな思いをしながら山に登るのかという、一方ではごく当たり前の感性で三歩やクライマーたちを見つめます。特にそれが際立つのが、要救助者が死に際したとき。警官とはいえ、若い女性でもあり、そうそう人死にに慣れているわけもありません。そういう彼女にとって、三歩は魅力的とは程遠い、ただの異物として当初は認識されていたようです。巻が進むにつれ、一緒に働きながら少しずつ、三歩の人となりを理解し始め、また、仕事に対する考え方もちょっとずつ変わってきているようですね。
9巻では、もう一人の重要なバイプレイヤーである牧の人となりが語られます。高校時代に後輩を山で亡くした牧は、運送・レスキューのヘリパイロットとして働いていますが、営業成績も悪く、社長から本社に帰るよう説得されます。結局、彼は燕(ツバクロ)レスキューという会社を立ち上げてアルプスに残ることになりますが、彼をレスキューに駆り立てているのはやはり、高校時代の後輩なのでしょう。山岳救助がしたい、という後輩の遺志を継いでいるかのようにも思えます。
巻も9巻を数え、少しずつ、登場人物の人間関係も安定しながら変化し続けており、まだまだ続いてほしいと思える漫画ですね。当初少し鼻についた「よく頑張った!」「助かってくれてありがとう」などの過剰な表現も落ち着いてきており、読みやすくなってきています。
このサイトの主テーマである(笑)、「萌え」とは対極にある漫画だと思いますが、気が向いたら手にとってみてください。
あと、ここまで大ごとになったら望むべくもないこととは思いますが、お願いだからアイドルでドラマ化とかは勘弁してほしい。切に願います。まあ、極寒の山のロケが大半でしょうから、杞憂だとは思いますけど。